[Extra] His Highness, The Knight and Present [Part 1]

Noname isn’t fluent so Noname can’t guarantee 100% accuracy on this translation.

Noname will pick this novel as Noname’s project for now.


This is the story of the prince who didn’t appear in the main story.

Timeline set in three years ago, story will be told in third person point of view.


His Higness, The Knight and Present

「今年もこの時がやってきたか……」

アルフォンソ・ヨハネス・イル・デ・サヴィアーはこの国の王太子である。

濃い緋色の髪に、金にも見える鮮やかな琥珀色の瞳。王家の紋章である“月喰らう狼”に相応しい精悍な整った面差しは、自然と滲み出る高貴さによってさらに近づきがたくなっていた。

執務室の窓際に一人佇む姿は一幅の絵のように美しく、見る者がいないのが惜しいほどだ。いつもは自信に満ちている若い王太子が今はわずかに眉宇を寄せて憂いを漂わせているため、そこはかとない色香が漂ってさえいた。

執務室の静寂を、無造作なノックが破る。

艶やかな鳶色の長髪に、目尻の下がった甘い美貌、清廉なはずの騎士服を軽く着崩した青年は、この絵のような一室に入り込んでも違和感はない。

「アルー、王宮騎士団の来年の予算のことで、相談なんだけどさぁ」

「後にしろ、ラウレンツ。私は忙しい」

侍従を通しもせず、王太子の執務室にずかずかと入ってきたラウレンツを、アルフォンソは見もしないで切って捨てた。

それでも、生まれた時からの付き合いである乳兄弟は気にも留めない。

「いやいや、一人で枯れた庭を見てたそがれてる場合じゃないって。財務長官が今年は早く提出しろってうるさくてさ。去年、騎士一人につき可愛い侍女二人つけるならこの程度の予算になりますって出したのを根に持ってるんだよ、あのオッサン。あんなの冗談にきまってるのに」

「だ・ま・れ。後にしろと言ったのが聞こえなかったのか?」

アルフォンソは痺れを切らしたように振り返り、じろりと鋭い眼光を向ける。

「だいたい、あれはお前が全面的に悪い。あのふざけた試算表を、完璧に書式を整えて提出するなど手が込み過ぎて嫌味だ。あれで別に正式書類があるとは思わないだろう」

「すっごい時間かかったんだよねぇ、あれ。ちょっとしたお茶目ってやつ?」

「二通り予算を作るほど暇があるお前と違って、私は忙しい」

アルフォンソは窓際から離れ、重厚な執務机の前の椅子にどっかりと座った。

机の上に広がったものを見て、ラウレンツは生ぬるい目付きになる。

「一応聞くけど、何で忙しいって? 騎士団の予算編成より重要なことだよね?」

「無論。―――来月はフィリィの誕生日だ。もう時間がない」

広い机の上には、若い娘が好みそうな小物から家宝級の宝石類まで、様々な商品を掲載した冊子が何冊も広がっている。

中には“若い女性へのプレゼントに大変好まれています”という煽り文句がある商品に丸印がついていたりするので、何をしていたかは明白だ。

整った顔に苦悩を滲ませた主君を、ラウレンツは鼻で笑う。

「こんなところで悩んでる前に、本人に向かって愛称で呼べるぐらい仲良くなって、誕生日に欲しい物を聞けばいいのに。裏では勝手に愛称で呼んでるくせにさ」

「……う、うるさい。別に呼ぶ機会がないだけで、私達は愛称で呼び合える関係だ。なにしろ、六歳の時からの付き合いなのだからな」

「フィリアちゃんは『殿下』って呼んでるよね」

「フィリィは奥ゆかしいのだ。私の身分をはばかって、控えているだけだ」

そう、ラ・ローヴェ公爵令嬢であるフィリアは幼い頃から利発で、白薔薇のような華やかで可憐な美貌の令嬢であるにもかかわらず、非常に控え目な少女だった。何しろ、両親が友人同士であり、幼い頃から一番王太子に近い場所にいるにもかかわらず、決してその立場を誇示しようとはしない。

そもそも次の誕生日には十八歳になろうかというのに、貴族の社交場にめったに姿を見せないのだ。ゆえにその身分にも関わらずあまり噂にも上らず、王太子が昔からこの令嬢に思いを寄せていることを知っているのは、ごく一部の人間だけだった。

その一人であるラウレンツは、自分が仕えるべき主君を憐れみの目で見る。

「まぁ、妄想だけは自由だし」

「お前、たいがい無礼だが、その前にお前こそ『フィリアちゃん』などとふざけた呼び方をするな」

聞き流したように見えたが実は引っかかっていたらしいアルフォンソは、不快そうに机を指で叩く。

「あれは将来王太子妃になるのだから、軽々しい扱いをしてもらっては困る。レディ・フィリアか、ラ・ローヴェ公爵令嬢と呼べ」

「婚約どころか恋人でもないアルに言われる理由はないよー。だって俺、フィリアちゃん本人に許可もらってるし」

「なんだとっ?」

自分ですら何カ月も話どころか顔も見ていないのに、と顔色を変えるアルフォンソに、ラウレンツは実にいい笑顔を向けた。

「一月ぐらい前かな。親父の名代でラ・ローヴェ公爵に会いにいって、閣下が約束の時間に遅れるとかで、その間相手してもらってたんだ。いやぁ、可愛いかったな、フィリアちゃん」

「私は聞いてない!」

「そりゃ実家の用事だし、アルに報告するまでもないよね?」

「くっ……」

ラウレンツの言い分は正しいが、絶対に一番効果的な場面で言うタイミングを狙っていただけだ。

「俺、ちゃんと喋ったの初めてだったけどさ、いいよねフィリアちゃん。美人なのはもちろんだけど、そのへんのお嬢さんみたいに騒がしくなして、落ち着いてしっとりしててさ。何より巨乳だし。同い年に興味なかったけど、いっちゃおうかなぁ」

「ふざけるな。絶対にフィリィに近づくことは許さぬ!」

「でもさぁ、俺とフィリアちゃんはお互いに婚約者もいない独身で、俺は一応伯爵家の長男だけど弟がいるから公爵家に婿入りするのも問題ないし、アルよりずっと似合いで好条件な相手だと思うけどな」

アルフォンソは怒りのあまり声も出ないようで、拳を握りしめている。

確かに、ラウレンツの言う事が正しい。アルフォンソの場合、結婚するには必ず相手が王家に輿入れしなければならない。フィリアは身分的な問題はないが一人娘で、王太子妃になった場合に公爵家の家督をどうするかという問題が発生する。

それだけでなく、あの娘を溺愛している公爵が、王家とはいえ娘を家から出すかどうか。

「……だがっ、お前のように節操のない男は、フィリィに相応しくないし公も認めぬ」

「それってアルに言われたくないなぁ。フィリアちゃんの手も握れないくせに、性欲処理だけはきっちりやってるんだから」

もはや返す言葉もなく、沈黙するしかない。

好きな相手フィリアの前に出ると、なぜか持ち前の傲慢さに磨きがかかって彼女を臣下のように扱ってしまうアルフォンソ。互いの幼少期を知っているせいもあって、淑女扱いをするのが気恥ずかしく、ましてや口説くような真似ができるはずもない。

ただ女の扱いを知らないわけではなく、むしろその身分と美貌もあってどんな女性でも思い通りにできるアルフォンソは、思春期から相手に不自由したことがない。

王太子と言う立場がら大っぴらな遊びはしていないし、近くにラウレンツという名うての女たらしがいるせいで目立たないが、十八歳の青年らしい欲求はきちんと発散しているのである。

問題のない相手を選んでいるが、面倒になりそうな時はラウレンツが引き受けて相手をしているので、その手の事は筒抜けだし、この点に関してはアルフォンソは強く出られない。

主君を言い込めて満足したらしいラウレンツは、ようやく本題に戻った。

「ところで、プレゼントだけどさ」

ラウレンツが『王都の令嬢の間で大人気!』と書かれたアクセサリーが紹介された冊子を手に取り、ぱらぱらとめくる。

「この前思ったんだけど、フィリアちゃんってちょっと変わってるよね。こういう普通のお嬢様が喜びそうなものって、あんまり喜ばないんじゃないかなぁ」

「いや、だがいつも流行にのったものを身につけているし、部屋も若い娘らしいもので溢れているからな。当然、こういったものは好きなはずだ」

お前は知らないだろうが、とちょっと優越感を滲ませるアルフォンソ。

ラウレンツは気にした様子もなく、次々と冊子をめくりながら首を傾げる。

「でも、あれって公爵の趣味でしょ。毎日のように服やら靴やら届いて困るって言ってたし。彼女の部屋が少女趣味全開なのもそのせいらしいよ」

「……なんだと。何故私が知らないことをお前が知っているのだ」

「そりゃ、フィリアちゃんとおしゃべりしたからね」

話が弾んだよ、とおざなりに返すラウレンツに、アルフォンソはショックを受けて固まっている。

十年来の付き合いである自分も知らないことを、たった一月前に一度話しただけのラウレンツが知っていたのだから、愕然とするのも当然だ。

今度は特に意図したわけでもなく主君をどん底にヘコませた臣下は、全く気にとめていない。

「うちの母親に聞いたら、どうも公爵自らデザインの指示をすることもあるみたいで、ここ数年は、フィリアちゃんのために公爵が作ったドレスの形がその年の若いお嬢さん方の流行りになってるみたいだよ」

「……初耳だ」

「俺としては、アルが知らないのが驚きだよ。うちの母親より、王妃様のほうがよっぽどその辺の事情は詳しいのに」

公爵とアルフォンソの父である国王は友人だが、母である王妃はフィリアの生母の親友だった。亡き友の忘れ形見を気にかけている王妃なら、もちろんそのことは知っているだろう。

「毎年この時期になるとプレゼントに悩んで大騒ぎしてるくせに、王妃殿下から教えてもらわなかったわけ?」

「母に助けを乞うわけにはいかぬ。私がフィリィに贈るのだから、私が考えたものでなければ」

「……まったく、へんなところで頭が固いんだから。てゆうか、フィリアちゃんに関してだけは思考が斜め上にいくのか」

「いい加減無礼だぞ、ラウ」

「はいはい、大変ご無礼を仕つかまつりましたー」

同い年だが年下をいなすようなラウレンツ。

どんなに軽口を叩いていてもアルフォンソは絶対的な主君であり、普段の彼ははそれに相応しい鋭気溢れる青年であるのだが、フィリアに関することでは同年代の青年と同じかそれよりはるかに使えなくなるので、扱いが軽い。

「真面目な話、女性にプレゼントを贈るのに情報収集は欠かせないよ。趣味を把握していても、似たような物をすでに持ってるかもしれないし、それってもらって一番微妙なパターンでしょ」

「それは最もだが…」

「本当は相手の侍女あたりに探りを入れられるといいんだけど、公爵家の使用人は守りが堅いので有名だし。やっぱり王妃様に相談したら?」

「恐らく母は無理だ。フィリィのことでは邪魔も協力もしないと明言されている」

「あぁ、王妃様なら言いそう。好きな女ぐらい自分で口説き落とせ、って?」

まさしくその通りだ。

アルフォンソの母である現王妃を一言で言うなら「男前」で、政治に関しては廷臣たちから王と同様の信頼を置かれており、社交界では名だたる紳士貴公子を押さえて淑女たちから断トツの人気を誇っている。

息子に対しても父王以上に厳しく教育しており、こと「男らしくない」と「紳士らしからぬ」行為に対しては鉄拳制裁が飛んでくる。

アルフォンソとフィリアが他に釣り合う相手も見当たらないのに婚約すらしていないのは、公爵の妨害以上に王妃の意向があるからだ。王家の威を振るえば例え公爵家とて従わざるを得ないのに、アルフォンソの力でフィリアの同意を取り付けるまでは婚約はならん、というわけだ。

「……流行りのものがだめなら、ますます打つ手がない。今年は絶対に失敗できないのだが」

「十八だもんね、俺たち」

十八歳といえば、正式に成人と認められる年齢だ。

未成年は親の後見がなければ婚約も婚姻も無効になるが、十八歳になってしまえば必要はない。教会に駆け込みさえすれば自分の意志で結婚できる年になったというわけだ。

立場上フィリアが家の事情を無視して結婚するなどあり得ないが、成人したということは縁談も今以上に増えるだろうし、彼女にいい寄る男も増えるだろう。幼なじみとはいえ、何ら進展していないアルフォンソが気合を入れるのも無理はない。

「王妃様がだめなら……そうだ!」

「なんだ?」

「アル、ルカ・デ・ラ・ローヴェとは面識がある?」

「フィリィの弟だろう、後妻の連れ子の。一度挨拶を受けたことはある」

天使のような白金髪の少年の顔は、さほど苦労しなくても思い出せた。

「フィリアちゃんに聞いたけど、弟君は難しい年頃らしくて、最近は口もきいれくれないんだってさ。昔はけっこう仲良しだったのに」

「それがどうした?」

「だから、弟君ならお姉さんの情報を横流ししてくれるんじゃないかな、って」

「口もきいていないのだろう? そんな状態で情報があるとも思えないが」

「でも、こうして部屋で悩んでいるよりは建設的じゃない?」

渋るアルフォンソに、ラウレンツは笑顔で一冊の冊子を突き付けた。

「少なくとも、アルの趣味で選ぶよりは絶対いいものが選べるって保障するよ」

開いたページには『大人になる大切な彼女へ…』という表題と、レースやシフォンで造られた華やかで扇情的な下着の数々の写真。

そこには二重丸がついていた。

「こんなものを恋人でもないお嬢さんに贈ったら、間違いなく二度口をきいてもらえないよ?」

「…………うむ、やむをえん」

うすうす自覚はあったのか、アルフォンソはルカに会いに行くことを了承した。

長くなりましたので、後編に続きます。

Leave a comment